偉大なる母の存在

 

ずっと悩んでるシリーズ。

ラストになるのでしょうか。

これまでの葛藤の内容は下記です。

 

完璧な自分を目指す!ではない

やらないという選択肢を認める

自堕落な生活を認める

 

さてさて、

私は誰の存在を気にしていたのか。

 

その謎は解けました。

母のようです。

 

心理カウンセラーの心屋仁之助さんが言っているらしい(言ってるらしいです。聞きづてです。)のですが、

人にとって、母の存在はとても偉大らしいのです。

 

母にどう思われているか。

母になんて言われるか。

母だったらどうするか。

 

意外と人はその偉大なる母の存在を感じて生きているようです。

 

よって私も友達に相談した時に、

「世間のみんなにこんなに自由な生活をしていて申し訳ない」

「みんなは仕事をしているのに私だけぼーっとしていたらなんか言われる」

って思うって話をしたら、それ

 

「世間のみんなじゃなくお母さんに対して思うんじゃない」

って言われて、

 

ハッとしたんです。

そしてでてきた思いが、

 

頂いた命を無駄に使って申し訳ない。

っていう思い。つまり母に対して申し訳ない。

母はきっと、私の命をもっと有効活用してほしいって思っている。って思っているんだなぁ。って気づきました。

 

そしてそれに気づいたらほっとしました。

なんだ、私は誰に対して申し訳ないって思っているんだろう。

誰に見られていると感じているんだろうって思っていたんだけど、

それは母だったって気づけてすごくホッとしたんです。

 

そして、なーんだお母さんかぁって。

お母さんなら、別に私がぼーっとしていてもなんてことも思わないなぁって。

 

あと、相談した友達に言われたのが、お母さんに直接今の私の生活をどう思うか聞いて見たら?って言われて、なるほど!聞いてみようと思いました。

 

まだ聴けてないけどね。

聴けたら、追記します。

 

というわけで引き続きぼーっとします。

無気力な自分を楽しみます。

 

なお、私たちみんなダイアモンドらしいです。

ダイアモンドは存在するだけでみんなをしあわせな気持ちにさせ、

高値で取引される。私たちはそんな存在らしいです。

 

って友達が教えてくれました。

 

だから存在するだけでいい。

それだけでいいんだよ。サニー。

2019-05-22 | Posted in 思ったこと, 気づきNo Comments » 

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