完璧な自分を目指す!ではない

 

やっとわかった。

 

私はずっとずっと「完璧な自分」を追い求めいたことに。

 

ずっと完璧な自分になりたかった

親から見て、誰にでも自慢できる完璧な子ども

旦那から見て、いつも笑顔の愛らしい奥様

子どもから見て、いつも生き生きとしているステキなお母さん

弟から見て、なんでもできるスーパーお姉ちゃん

友達から見て、いつも元気に活躍していて、勇気をもらえる友達

従業員から見て、頼れる優秀な経営者

 

そんな、リア充な完璧な自分を求めて生きていたんだなぁってやっと気づいた。

 

別に私にも悪いところはあるのはわかっている

誰にも長所と短所があるのはわかっている

 

わかっているからこそ、長所を伸ばし、短所を直す努力をしないといけないと思っていた

本当にそう思っていた。

そして、努力すれば私が望む、そしてみんなが望む、誰から見ても完璧なサニーになれるもんだと、信じ込んでいたことに先ほど気づいた。

 

 

私が望むはまだしも

みんなが望むっておかしいよね。

 

なんだよみんなが望むサニーって

 

 

本当になんで完璧な自分になりたいって思ったんだろう

不思議だ

そんな人がいないことは頭ではわかっている

完璧な人なんていないって

 

 

でも自分は短所を直して、長所しかない人間になれるって思っていた

本気で思っていたし

疑いもしていなかった

 

もう一度言う。

不思議だ。

 

 

だから常に努力しないとって思っていた

努力してもっとステキな人にならないとって

思っていたし

まだ思っている。

 

 

別に自分のことが嫌いなわけでもないし

まぁ中の上、上の下くらいだと、自惚れて思っているが、

努力が足りないから上の上にはなれないんだと思っていた。

 

あれもこれもできていないからダメなんだと思っていたんだと思う

 

驚きだ。

不思議でしょうがない。

 

別に完璧な自分を目指すのはいいんだけど。

そんな永遠になれないものを目指してどうする?

私が追い求めているしあわせはそこにはない。と思う。

 

 

そしてこれに気づいてはじめて私は、今の私を認めることができた。

努力という言葉から少しは足を洗うことができた気がする。

 

もちろん努力を否定しているわけではないし、

努力することは大事だと思っているし、

自分を高めることはとても大事なことだと思う。

 

ただし、みんなが望む自分になることを目標にしていたら、永遠に不足感が拭えない。

目指すべき姿はそこにはない。

 

私たち

少なくとも

私が目指すべきしあわせはそこにはない。

 

 

では、どんな人間になりたいか。

それはまたゆっくり考えたいと思う。

 

 

ひとまずこのことに気づけてよかった

短所のない完璧な人間になりたいと思っていた自分に気づけて、よかった。

ふふふ

2019-05-13 | Posted in 思ったこと, 気づきNo Comments » 

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